短歌鑑賞 その2

目次

 おもに現代の歌人について鑑賞文を書いています。

由良琢郎
川土手に焚火してゐし翁去り炎はひとり勢ひ増せり
来嶋靖生
尾根を越え遠く翔び去る岩つばめかへらぬものをわれは眼に追ふ
朝井恭子
物故社員合祀のしらせ社より来ぬ夫よみ魂は自由であれな
奥村晃作
轢かるると見えしわが影自動車の車体に窓に立ち上がりたり
東洋
わたしは何もしていないよと押されゆく誰もが何もしていない流れ
日高堯子
じつとりと眼をしばたたきわれを見る亀をしばらくひつくり返す
時田則雄
疫病に罹りし長芋ぬきてゐる妻はひたひに汗ひからせて
百馬力のみどり色なるトラクター鋭き爪をもて凍土を砕く
野良仕事なべて終りぬ農具庫のシャッター降ろして大き息吐く
安田純生
朝聞きし幼子の声また浮かぶ「だれがやつたん お前がやつたん?」
遠くより吾を見てアホと会はぬやう横道えらぶ人もあらむか
永田和宏
母を知らぬわれに母無き五十年湖に降る雪ふりながら消ゆ
香川ヒサ
始まりのあれば終はりのある旅の途上で一つ石を拾へり
小池光
楷の木のもみづるしたに立てる時とりかへしつかぬものの数々
ストーブの前にしづかに端座してなげくとてなき猫の晩年
池田はるみ
わたくしはお湯の中にてすつぽんぽん雲の流れの早きゆふべに
永井陽子
ゆふぐれに櫛をひろへりゆふぐれの櫛はわたしにひろはれしのみ
桃林聖一
草取りをしていたはずの妻だつた水張田には白鷺一羽
柳宣宏
ゐなくても不思議はないのに砂浜に坐つてゐると日があたたかい
平岡和代
母はただ時間を刺してゐるやうで 花ふきんけふも一枚できる
久我田鶴子
ねぇ虹が出ると思ふと尋ねくるぽつぽつ降り出す雨を見上げて
大崎瀬都
誰も彼も追ひ詰められてゐる職場話しかけても聞こえぬほどに
伊藤京子
アアーンと言へばぽつかり口開きし吾子のまなこに目薬たらす
加藤治郎
「俺は…俺は…」おれは今夜もポストなり赤く塗られてただ口あけて
水原紫苑
まつぶさに眺めてかなし月こそは全き裸身と思ひいたりぬ
人ほどもある蝸牛雨の夜を訪ね来たれりいかに遊ばむ
秋場葉子
清潔に子を育ており角と角あわせてさびしき鶴を折りつつ
奥田亡羊
いいと言うのに駅のホームに立っていて俺を見送る俺とその妻
岸本由紀
残業の輪を抜け帰る 鈴懸の大きなる葉を蹴散らしながら
梅内美華子
若きゆえ庇われている羞しさの鶏冠のように腫れゆく思い
山本和之
使へる人使へぬ人といふ論理諾ひ難く否むも難し
安藤兼子
こてんぱんに敗けたるらしく「歩」の顔に帰り来たりぬ傘もささずに
荒津憲夫
朝礼はときおりさびし喋りいるわれを見ているわれを思えば
北沢郁子
セメントの小径カサカサ歩みゆく鶺鴒の趾の爪痛まずや