短歌鑑賞2

桃林 聖一 (ももばやし せいいち)

人物

 1952年〜 (昭和27年〜 )。長野県生まれ。結社「白夜」。

鑑賞

草取りをしていたはずの妻だつた水張田には白鷺一羽

 まるで民話の世界のようです。草取りをしていたはずの「妻」は、白鷺に変身してしまいました。目を瞠るような驚きです。この変身≠フイメージは上の句によってもたらされています。上の句を、「草取りを妻はしていたはずだった」と言い換えて、比べてみて下さい。「妻だった」と、「妻」の存在を焦点化して表現することによって、「妻」が消えてしまったことを印象づけ、あたかも眼前に立つ「白鷺」に変身したかのような印象を生み出しました。

 下の句によって上の句のイメージが打ち消されたわけですが、読者には、草取りをしていた妻と水張田に立つ一羽の白鷺の、その両方がイメージとして残されます。水張田にすっくりと立つ白鷺の姿は、清楚な美しさを湛えています。その美しさは「妻」の美しさでもあるのでしょうが、そこには「妻」が持っていた仕事をする<Cメージはありません。存在の美しさだけがとらえられています。仕事をする<Cメージの消失は、その静かなたたずまいを少しく淋しいものに感じさせています。(妻は仕事をすることを止め、白鷺に身を変えて佇んでいるのでした。)

 詠み手は、田の中で仕事をしていた妻を思い返しながら、水田風景の中の白鷺に心をとめ、眺めやっているのでした。

2008年

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