短歌鑑賞2

加藤 治郎 (かとう じろう)

人物

 1959年〜 (昭和34年〜 )。愛知県生まれ。

 結社「未来」。 「環状線のモンスター」 「サニー・サイドアップ」など。

鑑賞

「俺は…俺は…」おれは今夜もポストなり赤く塗られてただ口あけて

 「俺は」「俺は」「おれは」と、自己へのこだわり、自意識にとらわれた歌です。自分を郵便ポストに見立てたところからは、自意識といえども自己について突き詰めたものではなく、むしろ自らの置かれた状況への揶揄といったところでしょう。

 郵政民営化が強行されました。寺の境内や駄菓子屋の店先に残っている筒型のポストを見ると、古い時代を思い感傷的気分にさせられます。はじめて村に郵便ポストが設置された頃には、それは文明そのもののように受け止められたのではないでしょうか。それが、運輸産業が発展し、さらには電子化が進んで、郵便ポストも一昔前の遺物という感さえ生まれつつあります。それがまた行政的に過去へと追いやられるハメになっているわけです。そうしたポストに見立てられた「おれ」も、時代遅れのなつかしい人物なのかも知れません。

 「赤く塗られてただ口あけて」というポストの様は、全く身動きとれず呆然となっている「おれ」を描いています。しかも受身の表現は、主導権は完全に他者に握られている状態です。「ただ口あけて」という「おれ」を見る時、「おれ」はもう、呆然たる自分に対してまさに呆然とするしかないわけでしょう。

 「今夜も」ということですから、昨夜も、ということになります。夜が問題にされていますが、夜がこのような状態ですから、昼間もさして変わりはないのだろうと思います。腑甲斐無いと言えば、ふがいない。

 「俺は…」という波線部分には何が入るのでしょう。自分の意見・意志・説明――何が入るにしても自己主張が出来ない優柔さが描き出されています。波線部の思いは「おれ」の内に納められて溜まってゆくことになるでしょう。いつしかそれが膨れあがり、いつか突然爆発しそうな予感もします。

2008年

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