短歌鑑賞2

山本 和之 (やまもと かずゆき)

人物

 1977年〜 (昭和52年〜 )。 結社「歩道」。

鑑賞

使へる人使へぬ人といふ論理諾ひ難く否むも難し

〔注〕諾ひ難く……「うべなひがたく」肯定しづらいこと。 否む……「いなむ」否定すること。

 使えるか使えないか――労働者に対しての、企業による能力主義的な選別評価が徹底した形で浸透してきています。もちろん、働く者に対するこの見方は従来からもあったはずです。それが「論理」と言えるほどに強固なものとして広まっているというのが現状でしょう。その背後には、企業の徹底した利潤追求の姿勢と低賃金による労働力確保に関わる戦略があると言えるでしょう。

 詠み手が、「否むも難し」と言わざるを得ないのは、仕事の中身からすれば、当然その仕事を確実に果たす技倆を備えた人間が必要であるからでしょう。それにしても、「使えない人」という評価には冷たいものがあります。詠み手も同じく働く側の人間であるとすれば、そうした能力評価をそのまま肯定せざるを得ないほどに、働く現場が厳しい状況にあるということを思わないではいられません。

 「諾ひ難く」思うのは、そうした評価が、役に立つかどうかという、きわめて実用主義的なものであり、人間を能力という機能的な観点からしか見ないところに疑問を抱くからでしょう。しかもその評価は、評価する側の一つの恣意的な観点によるものであり、その人の全体的な能力を評価するものではないのですから。

 使えないといっても仕事が全く出来ないということではないと思います。一つの職場で、働く者がそれぞれの個性や得意とする能力を発揮して、互いに協力し合って仕事を果たしてゆくというのが理想の形ではないでしょうか。社会全体が、そうした共同の労働によって成り立ってゆくというのは、あまりにも理想主義的だと言われるかも知れません。けれど、「働く」というのはもともとそういったものではなかったかと思うのです。

 お互いをフォローし合う余裕がなくなっているわけです。

 不景気の中で、働く側の人間も企業の論理を受け容れざるを得ないほどに、厳しい労働状況が生み出されていることを、この歌から痛感させられる気がします。

2008年

前へ次へ