短歌鑑賞2

永田 和宏 (ながた かずひろ)

人物

 1947年〜 (昭和22年〜 )。滋賀県生まれ。 結社「塔」。 「風位」 「後の日々」 「日和」など。

鑑賞

母を知らぬわれに母無き五十年湖に降る雪ふりながら消ゆ

〔注〕湖……(うみ)の振り仮名あり。   ※『百万遍界隈』(2005年、平17)所収。

 「母」に対して抱く特別な情感というのはどこから来るのでしょう。子どもを生み育てることが全面的に女性の役割であった時代、父と母とは子どもにとって大きな差異を持つものであったでしょう。現代は、少しずつですが状況が変わってきていると言えます。もちろん出産は女性にしか出来ませんが、その後の子育てについては、父母ともに協力し合う家庭が多くなってきているのではないでしょうか。実際、私なども共働きの中でそれぞれが家事を分担し、一緒に子育てをしてきたつもりでいます。子どもとの遊びなどは、むしろ妻以上にしてきた気もしています。それでいても子どもの方では、「母」というものに何かしら特別なものを持って接しているなと気付かされもするのです。

 この歌は、幼時に「母」を亡くしたことへの回想をふまえて歌われたものです。上の句を受ける下の句の情景が流動感をもちながらもしんみりとした静けさを感じさせます。

 湖に降る雪は、粉雪のようであってもいいのですが、私のイメージとしては、ふっくらと重みのある雪だろうという気がします。風もなくゆっくりと、しかしとめどなく落ちてくる雪。そして、湖面に接するか接しないかのところで、まるで幻のように消えてゆきます。その景は、時の流れの中をどこまでも遡ってゆくような静かな意識を感じさせます。

 歌は、「五十年」を回想しています。五十年の自らの人生を振り返った時、様々なことが想起されてくることだと思います。そして、その五十年を「母無き五十年」であったと考えたとき、「母」というものがいなかった人生にそこはかとないもの寂しさを抱きとめているのでしょう。自分の人生に欠落している母性というものに思いをめぐらさずにはいられなかったのだと思います。

 ここでも、「母」という存在への特別な情感というものを思わずにはいられません。

2008年

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