短歌鑑賞2

来嶋 靖生 (きじま やすお)

人物

 1931年〜 (昭和6年〜 )。旧満州の大連に生まれる。早大卒。

 結社「槻の木」(1951年(昭26)入会)。 「雷」 「肩」など。

鑑賞

尾根を越え遠く翔び去る岩つばめかへらぬものをわれは眼に追ふ

 遠く連なる山々の峰、その上に広がる果てしない空、清澄な空気に満ちた、パノラマのような山岳風景が浮かんできます。その景色を前にすれば、身内が透明になり、心吸われるような思いにみまわれるのではないでしょうか。歌では、高く聳える山の尾根を越えて、岩つばめが遠く翔び去るのを、詠み手は目で追っています。岩つばめが描いた遙かな軌跡が心にいつまでも残り、せつないほどの愛惜の思いに駆られてきます。

 下の句「かへらぬもの」への愛惜の思いは、当然ながら自らのこれまでの人生を思い返しているものでしょう。
 生きて来たこれまでを思い返す時、自ら生きた時間がかけがえもなく愛しく思え、また、改めてその時間を過ごすことは出来ないのだと思えば一層痛切な思いに見舞われもします。自らの生への愛着は、生というものが一回性のものであるところに、言い難い哀しみを伴うものだと言えるでしょう。詠み手の心境は想像するには力及びませんが、翔び去ったものを思う気持ちは、多かれ少なかれ、誰にも共通のものがあるのではないでしょうか。

 この歌がもたらす感動は、「かへらぬもの」を思う心境が、山々の景が与える、雄雄しくも清澄な気を湛えているところにあります。情緒的に過去を思うのではない、凛とした詠み手の姿勢が表れているのではないでしょうか。思い返す時は、出来るならばそんな風でありたいと詠み手の姿勢にあこがれてしまいます。

2008年

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