短歌鑑賞2

時田 則雄 (ときた のりお)

人物

 1946年〜 (昭和21年〜 )。北海道生まれ。

 結社「辛夷」。 「北方論」 「十勝劇場」 「ポロシリ」など。

鑑賞

疫病に罹りし長芋ぬきてゐる妻はひたひに汗ひからせて

 疫病に罹った長芋を抜き取る作業というのは、どんなにかつらい仕事でしょう。農作業は本当に重労働です。この作業が収穫の作業であればまだ報われるものがあります。しかし、ここではこれまでの自分たちの労働をいわば無に帰するためにする労働なのです。額に光る汗はくやし涙のようなものです。

 つらいけれど次の作付けのためには放ってはおけません。黙々と作業を続ける「妻」の心境は、詠み手の心境でもあるでしょう。「妻と私は」と主語を置いてもいいような気分にあると思います。ところが、この歌では詠み手は「妻」を歌っています。詠み手は、つらい思いを共有しながらも、「妻」の心境を思いやっています。そこには「妻」をかなしみいたわる思いが詠出されていると言えるでしょう。

2012年

鑑賞

百馬力のみどり色なるトラクター鋭き爪をもて凍土を砕く

 「凍土」に、北海道の厳しい自然の条件が思われます。一方、トラクターがもつ力の表現には、詠み手の信頼感がこもっています。むしろこのトラクターこそ詠み手の姿なのだと思わせられます。トラクターの「みどり」は農作物が育つ季節をイメージさせます。凍土を砕く「鋭い爪」は、厳しい自然ととっくみあって農業を営もうとする強い意志を感じさせます。

 北海道の広大な土地を相手に、農作業に力づよく精を出す歌。土と格闘するように関わりながら農作物を育て上げ、生活をたくましく築いてゆく、そんな歌が、時田則雄の歌の一つの魅力です。

2012年

鑑賞

野良仕事なべて終りぬ農具庫のシャッター降ろして大き息吐く

 二句切れ、しかも、意志のない終結を示す助動詞「ぬ」の使用。結句の「大き息吐く」という行動には、脱力感が漂っています。仕事を終えた充足感は感じられません。この大きな嘆息は、上のような歌からして野良仕事に向けられたものではないでしょう。報われがたい日本の状況に向けられていると思わないではいられません。

 現在、アメリカの策するTPP(環太平洋経済連携協定)への参加準備が進められています。日本経済が様々な面でアメリカの戦略に取り込まれてゆく危険が言われています。中でも農業は壊滅的な影響をこうむるだろうということです。日本が日本の農業を大切にしない政治、そんな状況もこの歌の背景としてあるのではないでしょうか。勝手に推測しています。

2012年

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