短歌鑑賞2

由良 琢郎 (ゆら たくろう)

人物

 1931年〜 (昭和6年〜 )。 兵庫県に生まれる。 結社「礫」。 「昨日の会話」など。

鑑賞

川土手に焚火してゐし翁去り炎はひとり勢ひ増せり

 焚火していた「翁」が去り、その後に炎が勢いを増して燃え立つというのは、まるで映画のラストシーンを見るかのようです。焚火する老人のひそやかな姿と炎の激しさという、上の句から下の句へのイメージの変化・転換のおもしろさを静かに味わいたいと思います。

 「翁」は老人を言う語ですが、現代人からすれば、この語には物語めいた古風さやそこに備わるある種の気品を感じさせられます。下句の「炎」が勢いを増す景につなげれば、「炎」を燃え立たせたのは、この「翁」がもつ精神的な力によるのではないかという気さえします。つまり、現実を超えた、いわば劇場的な雰囲気を「翁」という語が醸し出していると言えるでしょう。

 「炎」は、「翁」が去ったあとに残されていた「翁」の思いだと読むことが出来ます。「翁」の意思・情念が、立ち去ったあとにも残されていて、それが勢いを増して燃え立ったのだと言えるでしょう。その思いが何であったのかは分かりません。けれど、「炎」という語から、心深くに保持された一途な情熱であることは間違いありません。上の句で「翁」は焚火をしています。それは、一見さびしげでもあり所在なげにも見えることでしょう。しかし、焚火の火を見つめながら、「翁」は何を思っていたのでしょう。もしかすれば歌のことかも知れません。身近な人のことかも知れません。それもまた分かりませんが、しかし、「炎」となって燃え立つばかりの熱い思いでそのことを思っていたのだと言えるのです。

 この歌は、老人が内に潜めている熱い思いを、視覚的な映像として描き出しています。

2008年

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