岸上 大作 (きしがみ だいさく)
人物
(1939〜1960、昭14〜昭35) 兵庫県生まれ。
國學院大入学後、安保改定阻止闘争の中、昭和35年に自殺。
歌集に『意志表示』(昭36)がある。
鑑賞
意志表示せまり声なきこえを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ
※『意志表示』(昭36)所収。昭35(1960)の作。
自らの思想性を問う
「意志表示」とは、自らの思想を具体的な行動によって示すといった意味合いで用いられています。この場合、端的に言えばデモに参加するということです。
1960年、安保改定阻止闘争が国民的規模で闘われました。学生の多くもその闘争に参加しました。日本がアメリカに従属する形での日米軍事同盟が「日米安全保障条約」、つまり「安保」です。10年刻みにそれが改定締結されてゆきます。この次が1970年でした。その後は自動延長されて今日に至っています。現在、沖縄の米軍基地問題がクローズアップされていますが、米軍基地が日本の至る所に存在する根拠になっている条約です。
「安保」に対して賛成するのか反対するのか、それが国民一人ひとりに問われていました。日本の独立・平和を望むとすれば、反対しないわけにはいきません。そうした考え(思想)をもつとすれば、それは行動によって示されなければなりません。そういった論理が当時の学生たちの中にありました。戦争には反対だという自らの思想を貫徹するためには、世界のどこかで行われている戦争に無関心ではいられません。そして、その戦争にどのような行動をもって関わるのか、すべて自らの思想性が問われるものとしてありました。そういった論理です。
「意志表示」とは、自らの思想を行動として表明する、つまり安保改定阻止を叫ぶ国会包囲デモに参加する、その決意を表現したものです。
「声なきこえ」は、安保改定反対の声ということになりますが、それは国民の無言の声、言い換えれば、日本の状況に対する自らの内なる思想性を問う声ということでしょう。自分に行動を促そうとする自らの思想性を問う声を背後に感じているのです。
煙草のけむり
「マッチ擦るのみ」は、やはり煙草に火をつける動作でしょうが、どういう心境なのでしょうか。「のみ」という限定から、自分の意志はとうに決まっているのだ、その日を待つのみなのだといった、落ち着いた心境と読むことができます。ただその一方で、自らの行動(意志表示)がどれほどの意味を持つのか、いや意味などは別にして状況の中の選択として行動があるのみなのだ、といった逡巡・諦観も読めなくはありません。煙草を吸うという動作には、安らかさとたゆたうようなイメージが浮かんできます。
2012年